新しく派遣社員を受け入れることになった、あるいはすでに受け入れている企業には、さまざまな「義務」と「責任」が生じます。
人事担当者の認識が曖昧なままだと、派遣社員が本来の実力を発揮できないばかりか、派遣社員や派遣元である派遣会社とトラブルになる恐れがあります。
そこで本記事では、派遣社員の受け入れに際し、知っておくべき派遣先企業の義務と責任を、受け入れ前・中・後の3つの時期に分けて解説します。
目次
1.派遣受け入れ企業にも生じる「義務」と「責任」
2.派遣受け入れ「前」の義務と責任
派遣会社と適切な労働者派遣契約を締結する
派遣会社に労働・社会保険の加入を求める
派遣先責任者の選任・派遣先管理台帳の作成を行う
苦情処理の体制を整備し説明する
3.派遣受け入れ「中」の義務と責任
派遣社員の勤怠管理を行う
就業環境や教育訓練、福利厚生が適切か確認する
4.派遣受け入れ「後」の義務と責任
派遣社員を雇い入れるよう努める
中途解約をする場合は猶予を設けて申し入れる
5.まとめ
1.派遣受け入れ企業にも生じる「義務」と「責任」
派遣社員を雇用しているのは派遣元である派遣会社ですが、派遣受け入れ企業にも派遣社員に対する「義務」と「責任」が生じます。
「労働者派遣」は、派遣受け入れ企業、派遣会社、派遣社員の三者で成り立つ形態です。派遣受け入れ企業は派遣会社と労働者派遣契約を結びスタッフを派遣してもらいます。派遣社員と直接雇用契約を結んでいないため、派遣社員に対して、直接的な義務や責任はないように思えます。
しかし実際に、派遣社員は雇用主である派遣会社ではなく、派遣受け入れ企業からの指揮命令に基づき労働に従事します。そのため、派遣受け入れ企業にも責務が生じるのです。
2.派遣受け入れ「前」の義務と責任
派遣社員を受け入れる前の段階から、派遣受け入れ企業には適切な対応が求められます。まずは派遣社員を受け入れる「前」に果たすべき義務と責任をご紹介します。
派遣会社と適切な労働者派遣契約を締結する
労働者派遣契約は、ベースとなる「基本契約」と、人材派遣を受ける度に締結する「個別契約」に分けて作成する方法が一般的です。
基本契約書は初回に締結したまま見直されないケースが多いため、派遣法改正のタイミングなどで適切な内容になっているかメンテナンスしましょう。
個別契約書は派遣法第26条に定められた項目を網羅しなければいけません。記載事項は派遣社員が従事する業務内容や就業場所、派遣期間など、実際の就業条件に関わってくるため、実態と齟齬が出ないようにする必要があります。
派遣会社に労働・社会保険の加入を求める
労働・社会保険の加入基準を満たす派遣社員を受け入れるとき、派遣会社で加入手続きを適切に行っているか確認する義務があります。派遣社員に対する労働・社会保険の適用基準はおおよそ以下のとおりです。下記に該当するにも関わらず未適用の場合は、加入してから派遣するよう求めましょう。
雇用保険
31日以上の雇用見込みがある場合、1週間の所定労働時間が20時間以上であれば加入できます。
健康保険・厚生年金保険・介護保険
1週間の所定労働時間が正社員のおおむね4分の3以上(1カ月の所定労働日数が15日以上かつ1週間の所定労働時間が30時間以上であることが前提)であれば加入可能です。
もし1週間の所定労働時間が20時間以上であれば、1カ月の所定労働日数が15日未満、または1週間の所定労働時間が30時間未満であっても、下記条件を満たした場合に加入できます。
- ・1週間の所定労働時間が20時間以上
- ・1年以上の雇用が見込まれる
- ・月額の賃金が88,000円以上
- ・会社の従業員数が501人以上
※学生は適用外
※従業員が500人以下でも労使で合意が得られれば加入可能
派遣先責任者の選任・派遣先管理台帳の作成を行う
受け入れる事業所ごとに、派遣社員100人につき1人の派遣先責任者を選任する義務があります。派遣スタッフが円滑に業務を行えるよう管理を一元的に行う者で、労働関係法令や人事・労務管理についての知識や経験が求められます。
さらに事業所には、以下の13の項目について記載した派遣先管理台帳の作成も必要です。下記のうち、1・5・6・7・8に関しては、月1回以上派遣会社に通知しなければいけません。
1.派遣社員名
2.派遣会社名
3.派遣会社の事業所名
4.派遣会社の事業所の住所
5.派遣就業した日
6.始業・終業時刻、休憩時間(実績)
7.業務の種類(実績)
8.就業した時間
9.苦情の処理状況
10.紹介予定派遣である旨(紹介予定派遣の場合のみ)
11.派遣先責任者、派遣元責任者
12.期間制限のない業務としている根拠となる労働者派遣法の条項番号など
13.派遣会社から通知を受けた労働・社会保険の加入状況
苦情処理の体制を整備し説明する
2021年の労働者派遣法改正により、苦情処理の義務が強化されました。従来は直接の雇用主である派遣会社に対応が求められていましたが、受け入れ側に法令上使用者責任があると定められている内容(労働時間や休憩、休日など)に関しては、誠実かつ主体的に対応するよう求められた形です。
派遣受け入れ企業は、苦情を受ける担当者や窓口を置き、処理方法、派遣会社との連携体制を決め、派遣契約に定めなければなりません。さらに受け入れ前に、派遣社員に対して苦情を訴えるときのフローを周知することも必要です。
3.派遣受け入れ「中」の義務と責任
続けて派遣社員を受け入れている間に負う義務と責任を解説します。
派遣社員の勤怠管理を行う
勤怠管理は、実際の労働の現場となる派遣受け入れ側に義務があります。始業・終業時間、残業時間を記録し、申告内容が実際の勤務内容に即しているか、契約内容と合っているか確認したうえで1カ月に1回以上、派遣会社に通知しましょう。
なお、派遣社員の残業規制は、自社の就業規則ではなく労働基準法および派遣会社の36協定に準じるため注意してください。
就業環境や教育訓練、福利厚生が適切か確認する
派遣先責任者などが定期的に就業場所を巡回し、派遣契約に違反する働き方になっていないか確認しなければなりません。
また、2020年に労働者派遣法が改正されたことにより、食堂や休憩室などの福利厚生施設や、正社員に提供している教育訓練を派遣社員にも利用させることが義務化されました。
福利厚生施設以外にも、売店、病院などの正社員が通常利用している施設については、便宜供与することが配慮義務とされています。
4.派遣受け入れ「後」の義務と責任
最後に、派遣を受け入れた「後」に派遣先が負う義務と責任を解説します。
派遣社員を雇い入れるよう努める
労働者派遣法では、派遣社員の社員化と雇用安定を目的に、求人募集情報を提供することが義務付けられています。
同一の組織内で1年以上就業している派遣社員には正社員募集情報を、3年間就業する見込みがある派遣社員には社員募集情報(契約社員・パートなども含む)を提供しなければいけません。
また、以下の全てを満たす場合には、派遣社員を遅滞なく雇用する努力義務があります。
- ・同一の派遣社員が1年以上継続して同一の組織内で就業している
- ・当該派遣社員の受け入れ後に、同一業務で労働者を雇用する予定がある
- ・当該派遣社員が継続して就業を希望し、派遣会社から直接雇用の依頼があった
中途解約をする場合は猶予を設けて申し入れる
原則、労働者派遣契約の中途解約はできませんが、やむを得ない場合は相当の猶予期間をもって派遣会社に解除の申し入れをしなければなりません。関連会社があれば、そこでの就業をあっせんするなど就業機会の確保を図ることも求められます。
就業機会の確保を図れない場合は派遣会社に生じた損害の賠償を行うこと、派遣会社と十分に協議し適切な善後処理方策を講ずること、派遣会社から請求があったときは、中途解除を行った理由を派遣会社に対し明らかにすることも義務化されています。
5.まとめ
派遣社員の直接の雇用主は派遣会社ですが、業務上の指揮命令を行う受け入れ企業にも派遣社員に対するさまざまな義務と責任があります。
派遣社員を受け入れる前には、派遣社員の労働・社会保険の適用が適切に行われているか確認しましょう。派遣先責任者を選任し、苦情処理の受け入れ窓口を設けるなど体制を整えることも必要です。
派遣社員の受け入れ中は、勤怠管理を行い、就業環境や福利厚生が適切かを確認します。そして派遣受け入れ後には、できる限り派遣社員を雇い入れる努力が必要です。
派遣社員を受け入れる際には、今回の記事をご参考にしてください。